創業のハナシ

私安田と共同代表の樋口は20代前半にビーチラグビーを通じて出会いました。

 

「日本一になれるかもしれないスポーツがあるけどやってみない?」大学の友人から誘われて参加したとあるチームの練習に樋口がいました。

チーム名はJolies/ジョリーズ。

このスポーツ、競技人口は圧倒的に少なかったですが、それが故?にライトなプレイヤーはほとんどいなく、日本一を目指すガチなチームだらけ。競合との争いは激しく、毎年1位2位を争うライバルチームの存在がチームを本気に、そして強くしていきました。

5人対5人でプレーする、タックルのないアメフトとラグビーを足して2で割ったようなスポーツのため、フィジカルの強化もちろんですが、それ以上に戦術の立案とそれを実行するチームワークの構築が肝でした。

平日は週1で皇居ラン、週末は朝から晩まで平塚ビーチで練習。それ以外の日もミーティングやビデオ分析など。Joliesのメンバーとは一年を通して多くの時間を過ごし、特に私は大学生から社会人になっていく20代の多感な時期に、仕事も遊びもスポーツも全力の生活を送り、ジョリーズのメンバーとは本気でぶつかる日々を過ごしてました。さながら第二の青春でした。

そんなチームで、ときにはキャプテンと副キャプテンとして共にチームを支えたのが樋口。結果私達は所属している間、幸運にも日本一を3回経験することができました!なかなか日本一ってなれることもないのですごく嬉しかったですし、なにより自信に繋がったと今振り返ると思います。

その後チームを離れ、お互いに家庭を持ち、子供も産まれ、約xx年の月日が流れ…樋口も私もそれぞれ生活を送っている中での2021年秋、私はオリンピックの仕事が落ち着いたタイミングで改めてキャリア感や今後のライフスタイルについて考えていたタイミング樋口とたまたま仕事の話になり、色々とディスカッションした結果、これまでに自分達が磨いてきた強みを生かしつつ一緒に苦手なところも補いつついっちょ一緒にやってみますか!と一念発起し共同代表としての創業に至ることになりました。

こう書くと簡単に聞こえますが、お互いのタイミングと波長が合ったのかな、と思います。

創業を決めてからは本当に色々なことについて話し合いましたが、1番時間を費やしたのは社名とロゴ笑

事業内容・お仕事のハナシはまた別のpostで…

安田

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  1. 社名とロゴ